雪風さん投稿ありですよー!
江戸時代。幕府は治水に力を入れて開発を進めていましたが、その際に河童の伝承が生まれるケースがいくつかありそうですね。
道中記で調べた合羽橋の由来の一つとされている河童は、水害が深刻だった洗足池から水路を作って隅田川に流す一大工事を手伝ったという伝承が残っています(江戸の文化年間[1804-17])。
こちらは、当時最下層の身分で隅田川流域などで皮革を行っていた人たちってことで、一応まとめてます。
↓↓道中記の河童の記事↓↓
https://yokaikan.jp/top/reg_sai02.htm#009
https://yokaikan.jp/top/reg_sai03.htm#010
https://yokaikan.jp/top/reg_sai05.htm
皮革を行っていた「河原ノ者」と呼ばれた人たちは、かつては神聖視されてて治水にも携わっていたようです。
ただ同じ江戸時代の治水が元になっていても、河童の正体・エピソードについては他に色々あるんじゃないかな?と踏んでます。
どちらにしても、大陸由来の風水の神話は確か治水から始まってますし(伏羲と女禍)、
「治水そのものが神秘的・神的行い」
って認識が、江戸の人々にどこかあったのかも知れませんね。